マラナタ 主よ 来てください!


畠神父


 四旬節 第五主日 池田教会 ゆるしの秘跡

(洗礼志願者のための典礼)
集会祈願 聖なる父よ あなたは洗礼志願者の歩みを照らし、救いの神秘に導いてくださいます。選ばれたこの人々が洗礼の水によって新たに生まれ、キリストのからだであるあなたの教会に加えられますように。


 第一朗読 エレミヤ 31章31節~34節
 答  唱 詩篇 51 典礼(6 ①、 7 ①②)
 第二朗読 ヘブライ人への手紙 5章7~9節

 福 音  ヨハネ12章 20節~33節


 「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」
 
 人の生きる姿は神の栄光を表すという言葉があります。これはまさにイエスにおいて真実だとわかります。イエスは父の栄光を表すために十字架の苦しみをお受けになりました。今日の福音箇所は、13章から始まる最後の晩餐の場面に先立つ、公生活の頂点ともいうべき十字架の死の啓示を一粒の麦のたとえをとおして語る有名な箇所です。
この十字架の死においてイエスの信仰、御父への絶対的な信頼が和解の恵みをわたしたちに与えられることが明らかになります。そこでは、この世が裁かれ、この世の支配者が追放される。この世の支配者とは、あの原初にアダムとエバを誘惑した偽りの父、うそつきの父とも二枚舌とも聖書で呼ばれるサタンのことです。この世は彼らの嘘によって神からの離反という苦しみを受け、そこから逃れるために偽りの繁栄に魅せられてしまいました。信仰の父アブラハムから始まる神の民は、長いの旅の終わりにようやくイエスにおいて信仰の国、聖性と恵みの国にたどり着きます。この世はイエスを知らないのですが、神の似姿である方のみ顔を探していたことに気づきます。
 「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」・・・


 

 第四主日  B年 3月22日 日生中央黙想会

3月22日 日生中央教会 四旬節黙想会

「神は独り子を与えるほど世を愛された。」

*三つの朗読の主要なテーマは、「信じること(信仰)」です。ニコデモが夜、イエスのもとを訪ねましたが、彼は真理の光を求めてイエスを探し求める洗礼志願者の象徴となっています。わたしたちの共同体に迎える洗礼志願者のために祈りましょう。この黙想会を通してわたしたちのいただいた信仰を生きる恵みと力を祈り求めましょう。

第一朗読 歴代誌下36章14-16、19-23
詩篇   典 28 詩篇137:1+2、 3+4、5+6
第二朗読 エフェソの教会への手紙 2:4-10

福音   ヨハネの福音 (ヨハネ3・14-21)

 「信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じないからである」・・・「真理を行う者は光の方に来る」今日も、黙想会と主日の説教の準備ができないままに話さなければならないことになり、大変申し訳ありませんでした。かつて神学生の時代、東京教区の山本量太郎神父さんが神学校の説教の授業に来られたことがあり、小教区の説教の準備ができなくなったら、もう神父は終わりだと考えた方がいいですと言っておられたことを実感する瞬間でした。毎日のスケジュールがいっぱいで睡眠不足で頭はぼんやりしている。どうしよう。一番大切な霊的な糧を皆さんに提供する日に何も準備できないとお詫びしながら朗読を聞いていると、主がわたしを満たしてくださる感じがしました。聖霊の賜物が下ってきました。天の力を得て、いつものよう冷静に説教を始めることができました。神に感謝!

四旬節黙想会スケジュール

 9:00 主日のミサ  畠
10:30 講話     畠
11:30 ゆるしの秘跡 ウォード神父、松本神父、畠神父の三名の奉仕
12:30 終了
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 召命を考え 祈るつどい

     召命を考え、祈るつどい

1. 日時 2009年3月20日(金) 10時~12時
2. 場所 カテドラル小聖堂

 大阪教区では、この日、ドミニコ・ルゥ・ベン クウ新司祭が誕生しました。それにあわせて午前中 召命を考え、祈るつどいを祈り推進チームとともにさがす会の共催で行いました。参加者は40名ほどになり、プレゼンテータの心からの分かち合いとテゼの歌を祈りの声としてささげ神の国のために司祭・修道者・信徒のそれぞれの固有の召命の実りを祈りました。

司会 畠:
 「主は水辺に立った」-(テーマソング)
  ヨハネの福音 1章35節~38節
  「何をもとめているのか?」

10時00分~挨拶、 松浦悟郎司教
  「呼ばれることの喜びを大切に育てる」
  「いつくしみと愛のあるところ 神ともに」(テゼ)

10時15分~神学院紹介 松浦信行福院長
  「あたらし神学院のシステムと神学院の生活」
  「いつくしみと愛のあるところ 神ともに」(テゼ)

10時35分~大久保神学生(大阪教区神学生) 
  「主は わたしに声をかけた」
  「いつくしみと愛のあるところ 神ともに」(テゼ)

10時50分~祈りの導き (畠)
  パウロの手紙から(フィリピ書 3章)
  自分の義を手放し、キリストの義に生きる転換を祈る
 「聖なる霊 愛の火を」テゼ 
10時55分~ 休憩  WYDスライド写真(DVD山本篤制作) 
 (予定ではこの通りだが、本番では みことばの後に休憩した。)
11時5分~みことばで祈る。
 「漁師を弟子にする」 ルカ5・1~11
 (並行箇所 マタイ4・18~22、マルコ1・16~20)
  みことばで漁に出た(主がおっしゃるからもう一度)
  答唱 「キリストはぶどうの木」(新垣)
         沈黙
<休憩後>       
11時10分~Sr.西本 (天使の聖母修道会)
  「主ょ わたしを見つけた」

11時25分~有谷氏 (阿倍野教会信徒会長)
  「あなたが呼ばれたから」 (エンマウスの道)

11時40分~12時 
 共同祈願  答唱句「父よ ゆだねます」(テゼ)
 主の祈り
 結びの祈りと祝福:
 終わりの歌 「マラナタ」(新垣)
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 第三主日 古屋教会(和歌山市内)

四旬節黙想会指導のため古屋教会(土・日)に出張奉仕に出かけました。

 屋形町教会から古屋教会へ移動して・・・古屋01
 コロンバン会信徒宣教師たち(中国と韓国から二人来ています)
 わたしは黙想会直前の緊張した面持ちです。あまりの多忙で黙想会の準備は一切できませんでしたので出たとこ勝負、皆さまの祈りを願いました。おかげで無事に黙想会を終えることができました。お祈りで支えてくださった方々に感謝申し上げます。

 黙想会 (古屋教会)
 14日  7時半 ~ ミサと説教 -A
     8時半   講話 (1)
     9時    懇親会

 15日  9時15分  十字架の道行
     9時半   ミサ 黙想会説教 -B
    11時~12時  講話 (2)  
    12時~13時  昼食と懇談
    13時~13時半 講話 (3)
13時半    聖体の前での祈りと良心の糾明
    14時~    個別のゆるしの秘跡
    15時     結びの賛美と祈り(解散)

黙想会の主題:「イエスの言われる神殿とは、ご自分の体のことだったのである。」 十字架の栄光ー神の隠された知恵(ミュステリオン=秘義)―(第二バチカン公会議の受肉論的秘跡論に基づく祈りと信仰からヒントを得て)


 朗読箇所は、第三主日の朗読箇所をそのまま使いました。

 第一朗読  出エジプト記 20章1-17節
 第二朗読  コリントの教会への手紙(Ⅰコリント1:22-25)
 福  音  ヨハネによる福音 (2章13-25節)

二日間の黙想の要旨:
 四旬節は洗礼志願者とともに洗礼の記念を行い、新しく迎える兄弟を共同体全体で準備する・・・今回の主日の朗読箇所は、黙想会に大変良いヒントを与えてくれました。十字架の像のことです。四旬節は、灰の水曜日から聖木曜日の夕べの典礼の直前までの期間を言いますが、夕べのミサから聖なる過越の三日間が始まります。その真ん中の日に、聖金曜日があり、十字架の礼拝が行われます。わたしたちは、この像を拝んでいるのでしょうか?この黙想会では、秘跡の意味と秘跡的な生き方が「ご自分の体=キリストの体」に建て直されることを意識できるように考えてみました。秘跡を見直すことによって日常生活の中に神の働きを見ることができるのでは・・・
黙想会の説教の原稿がないため再現することは難しいのであきらめますが・・・背景になる考えと参考文献箇所の情報を公開しておきます。すべての人の知恵を集めましょう。


 
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 シスター足立からの便り

主の平安
 裏庭で鶯がしきりに春ですよと報せていますが、しんしんと冷えてちぢみこみそうです。
 いよいよ灰の水曜日、心も体も引き締まる思いがします。新教のお友達が「カトリックは典礼に変化があっていいですね」と話されたことがありますが、本当にそう思います。イエスさまにもっと近づけるように祈り努めたいです。
皆様にはいかがお過ごしでしょうか?
 私はこの間誕生日を迎え73歳になりました。生をいただいてこれまでの恵みを思いながら、ネパールのサリタちゃん(12歳)を想いました。生まれつき眼球が不完全で(胎中で栄養不足だったため)少しは見えますが、知能も低く身体も虚弱で自分のことを自分ですることも出来ません。父親は病死、母親はサリタちゃんがいると働けない、二人で食べていかれない状態でした。それで小さい時から遠くの村からお母さんと私たちの保育園に通い育ち、お母さんは職員として洗たくや掃除をして働きわずかなお金で生活しています。そのお母さんも今年定年退職の年ですが、仕事がなくなるとどうしようと泣いています。
 今は二人で朝早く保育園に来て水汲みや掃除の仕事をしてから、お母さんは8時30分にサリタちゃんを大木神父さまがしていらっしゃる障害児施設に連れて行きます。(片道30分)その後また保育園に戻り、お母さんは一生懸命働き、夕方サリタちゃんを迎えに行って二人で村に帰る生活をしています。
 私もネパールにいる間、週に半日ですが園の畑で働くお母さんの手伝いをしました。とても楽しい半日でしたが、30度を超す暑さ汗で眼鏡がしておられなかったり、アリの大群にせめられたり、蚊はフマキラをまいて追い払ってもすぐやって来ます。蚊取り線香をたいても外なので無駄、最初は必死で工夫しました。それも結局私一人のためで、お母さんはそんなことかまっていられない。蚊取り線香を買うお金があれば卵ひとつでも・・・と思われたでしょう。そんな自己中心で相手のことを思いやれない自分に気がついて恥ずかしかったです。
 例えばカボチャは実のなる前に茎や葉、実の付かない花を取って夕食にします。豆を植えて一夜の洪水で全部流され、もう次の種を買うお金はありません。生き残っていた小さな芽を見つけて、私の手を取って連れて来てその芽を見せて喜び、覆いをして大切に育てます。野菜一つひとつがこんなにいとおしく思ったことはありません。曲がったにがうりやきゅうり、芋のつる、へちま・・・。
 良くできる子どもには奨学資金を支給しています。(50人位)でもサリタちゃんはお母さんが病気になったり、亡くなればどうなるのでしょう。一人で生活が出来るように今訓練中ですが、お金はありません。ネパール政府は無関心です。
 私は誕生日につくづく思いました。今まで生かされて、あたりまえではなかった、もしかすると私がネパールでサリタちゃんのような境遇に生まれることもあったと・・・。何とかしてあげたい、私なりに犠牲したり、祈ったりしてはいますが一人だけでは特別なことが出来ません。
 それでお願いがあります。大変あつかましいのですが、月に500円づつ(買い物のおつりの小銭集めでも)サリタちゃんの将来のための基金にしていただけませんでしょうか?出来る時に出来る時まででよいのです。
ずっと前からこの家庭のことは心配でしたが、お母さんがまだ働けると思っていました。あちらの貧しい人はとても年老いて見えますし短命です。私が「72歳よ」と言ったらびっくりしていました。お母さんの方が年は少なくても歯はないし、水も遠くからもらってくるので腰も腕も使いすぎ、毎日毎日、歩いて歩いて・・・それは疲れきっています。この度、定年と聞いて今後のことを切実に感じました。
もしも、皆さんのご協力が頂けるなら、他にも叫んでいる人はたくさんいらっしゃいます。だれに必要か現地の方と相談して煮詰めてみます。もしもシスターや神父さまが引き揚げることがあったとしても、責任を持って預かってくださる方を頼みます。どうぞ宜しくお願い致します。
主の十字架の道をともに祈りつつ・・・

福音の光修道会  足立志津子

(この件に関するお尋ね等がございましたら、日生中央教会の駒田までご連絡をいただきますようお願い申し上げます。)
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 共同体の日 (売布)

3月2日~4日 共同体の日 2009年

2日 午前中は隣接の御受難修道女会悲しみの聖母修道院聖堂においてSr. メアリー・キャサリン・アムライムの葬儀に共同体として参列。(写真は通夜の様子)maryamrhein

2日 午後は各共同体、各個人の使徒職報告

3日 午前 PASPAC 報告 <りストラクチャ>
   午後 ローマ帝国に挑んだ男パウロのDVD観賞と批評
paulchallenger
4日 叙階50周年金祝 
   レオナルド・コサカ神父の祝典は10月25日に決定

   その他の諸問題討論kyoudotai

 シスター メアリー 逝去

女子御受難修道会のアメリカ人修道女 Sr Mary Catherine Amrhein は、修道院で2月28日(土)朝10時 天に召されました。いつも朗らかで笑顔のすばらしいシスターでした。修道生活の模範を示し、樫の木のように直立の精神と志は最後まで修道会と修道女たちを支えました。御受難会の司祭のために祈ることをご自身の生涯の召命として一生懸命にその使命を果たしました。最後まで祈りつづけるその美しいお姿は天国での永遠の喜びにあふれていました。

 1921年11月26日 米国 ピッツバーグ市で誕生
 1946年9月15日 御受難修道女会に入会
 1948年9月26日  誓願
 1957年9月15日  来日
 2009年2月28日  帰天


 3月1日 夜7時より通夜が行われました。司式 デニス神父
 3月2日 朝10時より葬儀        司式 國 井 神父
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